特定不法行為等被害者特例法の運用基準案

特定不法行為等被害者特例法(以下、特例法と言います)は、指定宗教法人及び特別指定宗教法人を指定することにより、国家がその宗教法人の財産の把握・管理を行い、被害者がその財産を閲覧することができるというものです。
これは自由民主主義国家における私有財産制という基本的人権の根本に関わる問題であり、さらには対象を宗教法人としているところから、信教の自由関わる重要な問題です。
従い、指定宗教法人及び特別指定宗教法人の指定、財産目録等を閲覧可能とする被害者の特定、その財産目録等の決定などの運用ルールは、厳密に行われる必要があります。

この運用ルールとなるのが、文部科学省が今回提示した「特定不法行為等に係る被害者の迅速かつ円滑な救済に資するための日本司法支援センターの業務の特例並びに宗教法人による財産の処分及び管理の特例に関する法律に基づく指定宗教法人及び特別指定宗教法人の指定に関する運用の基準」(以下、運用基準案と言います)です。
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000266356

運用基準案の問題点について、私なりに整理しました。

①指定宗教法人の指定について、「被害者が相当多数存在することが見込まれる」(特例法第7条第1項1号)の定義が不明確

(a) 運用基準案では、「被害者」を、「特定不法行為等に関し、法律上の権利(例えば損害賠償請求権など)を有する、又は有し得る者」(運用基準案第一2(1)とし、「特定解散命令請求等の原因となった行為に係る被害者と、これらと同種の行為に係る被害者の双方が含まれ」(運用基準案第一2(2)前段)、「特定解散命令請求等に当たり請求者等が認知した被害者(請求等事由の内容となった特定の事実・行為における被害者)に限らず、請求等の時点では把握されていなかった同種の行為による被害者」(運用基準案第一2(2)後段)もその対象としています。
特定不法行為等に関し、法律上の権利を有するものは、債権が確定しているものと解されますから、特定が可能です。しかし「有し得る者」とは、誰がどのような基準で判断するかが不明確で、特定ができません。
さらに、「特定解散命令請求等の原因となった行為に係る被害者と、これらと同種の行為に係る被害者の双方が含まれ」については、そもそも特定解散命令請求等の原因となった被害者については既に判決や和解、さらには除斥期間が経過している者が多く、既に債権が存在しない者は、債権を保護すべき「被害者」とするべきではありません。
同様の趣旨で、「特定解散命令請求等に当たり請求者等が認知した被害者(請求等事由の内容となった特定の事実・行為における被害者)に限らず、請求等の時点では把握されていなかった同種の行為による被害者」も確定債権を持ったもの以外は特定できないため、「被害者」とするべきではありません。そうでなければ、自称「被害者」が多数登場することにより、容易に指定宗教法人に指定することが可能となり、信教の自由の侵害の恐れがあります。
従って、この「被害者」とは、「特定解散命令請求の時点で、特定不法行為等により、請求権を持った者」と明確に特定できる者に限定すべきです。

(b) 運用基準案では、「相当多数存在することが見込まれる」について、「相当多数」とは数十人程度(運用基準案第一2(2))、「見込まれる」とは、個々の被害者を特定する必要はなく、その可能性があれば足り(運用基準案第一2(3)①)、「見込みについての判断」は、行政機関等に寄せられた相談やその他の情報から判断する(運用基準案第一2(3)②)としています。
しかし、単に相談者が多いというだけで、宗教法人の財産把握・管理を行う必然性は乏しく、あまりにも信教の自由を侵害する規程です。
従って「相当多数存在することが見込まれる」とは、人数を明確に決めた上で、実際に損害賠償または和解を申し立てて未だ未確定の者の人数など、明確な基準とするべきです。

②指定宗教法人の指定について、「当該対象宗教法人の財産の処分及び管理の状況を把握する必要がある」((特例法第7条第1項2号))の理由がない。
特例法第1条では、趣旨として「特定不法行為等に係る被害者の迅速かつ円滑な救済に資するため」としていますが、そのためになぜわざわざ対象宗教法人の財産の把握・管理を行う必要があるのか、不明確です。この条文は、家庭連合を想定していると思われますが、家庭連合は既に100億円程度の供託金の提案をしており、確定された被害想定額がその範囲であれば、わざわざ財産の処分及び管理の状況を把握する必要はありません。
精神の自由の侵害を避けるためには、LRAの基準(より制限的でない他の選びうる手段の基準)を守るべきであり、他に代替案がない場合にのみ、制限的な施策を行うべきです。
従い、運用基準案に、「ただし、所轄庁が指定する額の供託金を提供する場合は、必要性はない」という条文を追加すべきです。

③特別指定宗教法人の指定について、「該対象宗教法人について、その財産の隠匿又は散逸のおそれがある」(特例法第12条第1項第2号)の定義があいまいである。
「財産の隠匿又は散逸のおそれ」について、一定の蓋然性があることが必要(運用基準案第二3(2)①)と記載しながら、その蓋然性とは、「保有財産を減少させる行為や、海外へ移転する行為、財産の流動性を高める行為 (例えば、不動産の金銭への換価など)などが、現に行われ、又は行われようとしている場合には、当該蓋然性が認められる場合に当たり得る」(運用基準案第二3(2)②)としています。そして、「「財産の隠匿又は散逸」の結果として生じたものではないか、あるいは今後の 「財産の隠匿又は散逸」につながり得るものとならないか等を検討して、その判断を行う。」(運用基準案第二3(2)④)としていますがその判断基準は全く不明です。結局、宗教法人の財産把握・管理が目的化しており、少しでも財産を処分するなどの財産権行使を行えば、直ちに特別指定宗教法人に指定することを可能とするものであり、信教の自由を侵害する恐れのある規程となっています。
この点、家庭連合は既に100億円程度の供託金の提案をしており、確定された被害想定額がその範囲であれば、財産を自由に処分しても、財産の隠匿又は散逸の恐れはありません。
従い、「ただし、所轄庁が指定する額の供託金を提供する場合は、蓋然性はない」という条項を追加すべきです。

④特別指定宗教法人の財産目録等については、「特定不法行為等に係る被害者」が、財産目録等を閲覧することができる(特例法第13条第1項)とされているが、閲覧権者があまりにも広範であり、当該宗教法人に不測の被害をもたらす恐れがある。
既に論じた通り、現在の運用基準案では、被害者を第一2(1)にて記載の通り、損害賠償の確定債権を持つもの以外にも広く規程しているため、自称「被害者」でも閲覧可能となります。これは実質上、当該宗教法人の財産目録等を公開しているのに等しいこととなります。財産目録等の悪用は、個人情報の扱いと同様、その法人に対して不測の被害をもたらす可能性があります。
このような事態を防ぐため、「被害者とは、特定解散命令請求の時点で、特定不法行為等により、請求権を持った者」と明確に特定するべきです。
また、閲覧者が財産目録等を他の目的に利用したり公開しないように定めた規定(特例法第13条第2項2号)については、罰則規定がありません。
従い、個人情報保護法第185条のような罰則規程を、運用基準案において、省令の扱いで設けるべきです。

⑤宗教法人審議会の議事録の公開
第181回~第189回の宗教法人審議会は第186回の宗教法人審議会委員に関する議案以外は全て非公開となっております。これらの審議会では、家庭連合に対する解散命令請求を前提とした質問権、質問権に関する過料通知、そして解散命令請求が決定されましたが、どのような審議により、これらの決定を行ったのか、国民には明らかになっていません。
特例法第7条第2項、第12条第3項で準用する第7条第2項により、指定宗教法人及び特別指定宗教法人の指定には、宗教法人審議会の審議を経ることとなっています。信教の自由に関する審議をするからこそ宗教法人審議会が開催されるのであり、その審議内容の中立性、公平性を担保するためには、原則通り議事録を公開するべきです。
従い、運用基準案に、これらの宗教法人審議会の議事録を公開する旨を記載した条項を追加するべきです。

特例法及び運用基準案は、条文にこそ固有名詞の記載はありませんが、明確に家庭連合をターゲットに立案されたものです。特定の宗教団体のみに適合するような要件をわざわざ作り、それを遡及させて適用するような立法の在り方は、信教の自由の以前の問題として、そもそも法の支配を根本的に否定するようなやり方です。
このような法の運用は、もはや家庭連合だけの問題ではなく、宗教界全体の問題であると言えます。