特別抗告主張書面 教義を理由に裁判してはならない

家庭連合の解散命令に対して、特別抗告を出している抗告代理人の福本修也也弁護士のホームページに、4月10日付で特別抗告主張書面を提出したということで、書面が掲載されています。
https://fukumoto-law.com/news?slug=1

ポイントは、①原決定が教義解釈に踏み込んだ憲法違反及び悪意の教義解釈を論拠とする不当な推論、②公正な裁判を受ける権利の侵害(特に家庭連合に対する裁判上の著しい差別的扱い等)の2点です。

実際の主張書面のリンクは下記の通りです。
https://fukumoto-law.com/assets/uploads/%E4%B8%BB%E5%BC%B5%E6%9B%B8%E9%9D%A2%EF%BC%91%EF%BC%88HP%E7%94%A8%EF%BC%89.pdf

冒頭に、昭和昭和56年4月7日の「板いたまんだら事件」というのが出てきます。これは、裁判所が教義判断に入ることはできないということを判示した最高裁の判決で、憲法を学ぶ時の宗教の自由に関する基本的な事件です。

次の記事がわかりやすいです。
https://kenpou-jp.norio-de.com/itamandara-jiken/

「板まんだら」というのは、創価学会のご本尊だそうで、これをご本尊に奉納するために540万円の献金をした元会員が、学会をやめられた後に、「これは偽物だ」と言って、返金訴訟をした、というものです。

最高裁は、次のように判示しています。
「裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法3条にいう「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であつて、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる。したがつて、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争であつても、法令の適用により解決するのに適しないものは裁判所の審判の対象となりえない、というべきである。
要素の錯誤があつたか否かについての判断に際しては、~信仰の対象についての宗教上の価値に関する判断が、また、~宗教上の教義に関する判断が、それぞれ必要であり、いずれもことがらの性質上、法令を適用することによつては解決することのできない問題である~
~記録にあらわれた本件訴訟の経過に徴すると、本件訴訟の争点及び当事者の主張立証も右の判断に関するものがその核心となつていると認められることからすれば、結局本件訴訟は、その実質において法令の適用による終局的な解決の不可能なものであつて、裁判所法3条にいう法律上の争訟にあたらないものといわなければならない。」

要は、これは宗教的価値の話であり、信仰対象あるいはその宗教的価値について、裁判所は判断できず、解決できないのだから、裁判の対象にならない、と言っているわけです。

これは非常に有名な判決であり、これを特別抗告主張書面で引用しています。
この論点は、3月25日に出された特別抗告理由書にも4番目の論点として書いてありますが、それをさらに深堀りした内容となっています。

信教の自由の尊重は、日本国憲法において、最も基本的なものとなっていますが、この主張書面に書いてある通り、東京高裁の判断は、もう思いっきり家庭連合の教義に踏み込んでいて、かつ間違った判断をしていて、その間違った判断に基づいて決定文を書いているわけです。これはまさに憲法上大きな問題であるということで、議論を展開しています。

主張書面には、次のように書かれています。
「宗教法人解散命令事件の解散事由の存否及び解散命令可否の判断において、裁判所が宗教教義に踏み込んで独自の解釈を施し、これを「判断理由」に取り込むことは、宗教団体や信者の精神的・宗教的側面に容かいするものに外ならず、憲法20条に違反すると言わなければならない。」(P5)
「原決定は「万物復帰」の教義を「信徒が経済活動を行い、これにより得られた利益を全て神に捧げる教義である」と解釈している。端的に言うと、「万物復帰とは経済活動である」と解釈しているのである。(P5)

しかしこれは、統一原理の正しい解釈ではありません。正しい解釈が、主張書面の次のページに書かれています。
「万物復帰」とは、「復帰原理」中の再創造摂理において、堕落により人間が失った万物に対する主管性(『創世記』第1章28節「地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ。」)を復帰すること(取り戻すこと)を意味するものであり、その意義と教義の全体像を知らずに、一面的な世俗的解釈をもって「万物復帰」を単なる金儲けとしての経済活動と捉えることは、重大な誤りであり、これは宗教教義に対する侮辱でもある。(P6)

要するに、私たち信者が言っている万物復帰というのは、自分の持ち物だけじゃなくて、地上のすべてのものは神様のものだから、元々の持ち主である神様のもとに返さないといけない、こういう総合的な話をしているのであって、信者の持ち物、例えば僕が持っているパソコンとかお金とか、そういったものを全部献品、献金しなきゃいけないとか、そんなことは言ってないわけです。

主張書面は、次のように書いています。
「原決定を読めば明らかな通り、「万物復帰」をもって世俗的金儲けと定義する上記歪んだ教義解釈が、同決定全体に及ぶ悪意の推論の起点となっている。」(P6)

また、こんなことを言ってます。
「韓国は『アダム国家』であり、『エバ国家』である日本(は)……経済活動に全力を尽くす使命がある」、「『エバ国家』という抗告人の教義を踏まえて、日本の信者が……経済活動をすることの重要性を説く」、「『エバ国家』又は『母の国』である日本(には)……韓国家庭連合の資金を含む自らの活動資金を拠出するよう強く要求」と解釈しているのである。(P8)

東京高裁の解釈は、完全に間違っています。家庭連合はかつて韓国を父の国、日本は母の国と言っていますが、父と母は対等な関係であり、どちらが上でどちらが下ということはありません。私たちの教義には、このような男尊女卑的な発想はないのです。

男性が尊くて女性が卑しいというような考え方は、差別主義的な発想ですが、そんな価値観を家庭連合に勝手に家庭連合の教義に当てはめて、男がえらいというような考えは、家庭連合にはなく、私も全然そんなこと思ってもいないわけです。

その証拠に、かつて私たちは、文鮮明総裁を真の父として敬愛しておりましが、現在はご婦人である韓鶴子総裁が家庭連合のリーダーになっています。これは真の父母ということで、父は偉くて母は偉くないなんて、そんな発想は全くしていない証拠です。女性である韓鶴子総裁を地上のリーダーとして私たちは敬愛しているのですから、これのどこが男尊女卑なのかということです。
決定書は、こういう勝手な決めつけをしていることが、本当に恐ろしい内容となっています。

そして、このような勝手な決め付けをして、どうなってるかというと、下記の通りです。

「以上の通り、原決定は「エバ国家」ないし「母の国」という教義上の概念について著しく歪んだ誤った解釈をしているものであるが、この歪んだ解釈がその後に悪意の推認を行う重要な論拠にされているのである。(P10)

この悪意の推論を行うというのはどういうことかというと、次のように書いてあります。

「原決定は、万物復帰、エバ国家、母の国、先祖解怨という教義について悪意の解釈を行い、教祖らの言説の一部を意図的・選択的に切り取って悪意の解説を施し、「抗告人は、文鮮明及び韓鶴子の金儲けのために、日本の信者らに無理を強い、不法行為をさせてでも多額の献金をさせ続ける反日教団である」というレッテルを貼った。そして、これを根拠に、コンプライアンス宣言後も不法行為を継続し続けていて、将来においてもこれを行う可能性が高いと推認することで、コンプライアンス宣言後、特に本件解散命令申立時に近い時期に発生した不法行為を構成する具体的行為事実の特定・認定ができないという本件事件の最大の壁を強引にクリアさせようとしたのである。」(P23)

事実がないので、事実があるに違いない、あるいは可能性が否定できないということで推認する、これでコンプラ宣言後、不相当献金勧誘行為が行われているという根拠にしたというわけです。

この他にも、主張書面では、公開裁判を受けられない問題も取り上げていますが、私はやっぱり主張書面の一番大事なポイントは、次のことだと思います。

つまり、事実に基づいて不法行為を確認しなければいけないのに、事実が無い、証明するものが何もないということで、陳述を新たに作ったけれども、それも捏造だらけなので証拠にできない、それで、東京地裁はしなかったことですが、東京高裁は教義に踏み込んで、この教義は献金を強制するような教義であり、このような教義を持っている団体は潰さなければいけない、こういっているのを指摘している点です。

東京高裁の決定は、これを認めてしまうと、家庭連合が宗教法人格をはく奪されたとしても、任意団体となったとしても、家庭連合、統一原理の思想を持っている限りは、新しく後継団体を作ったとしても、それも潰そうということになってしまいます。そういう論点が成り立ってしますのです。教義を根拠に団体を潰すのですから、それは宗教法人に限った話ではありません。この教義は献金を強制する教義だから、法人格に関わらず、存在を許さない、ということになるわけです。

実際、先週ぐらいから、家庭連合が後継団体を作るとか、その名前がFFWPUだとか、いやそれは間違っていたとか、ちょっとどたばたしていますが、後継団体についてはマスコミも注目していて、私のところにも記者の方から電話が来ました。私はどういうことが進んでるのか、末端信者なので全然わかりませんが、マスコミはそういうことが非常に気にしてるようです。

なぜかと言えば、東京高裁の決定が、家庭連合の思想を持っている限り、結局また献金するに違いないと決めつけて、裁判をしているからです。なんとも恐ろしいことです。ある思想を持っていれば、それだけで潰すことができる、宗教法人であるかどうかは関係ない、こういうことになります。

もはやこれは、宗教法人の話ではありません。家庭連合の思想を持っている団体は、不相当勧誘行為を行う可能性があると、それだけで解散させられることができます。この理屈だと、どんな団体でも潰すことができます。恐ろしい世の中になってしまったと思います。こんなことが横行してはいけないと思うし、火のないところに煙が立たないではなく、火のないところに火をつけて、マッチポンプをやって、ある思想を持った団体を潰していくことができる、そんなことが許されようとしているわけです。

私は本当に大きな問題だと思います。この問題を、きちんと論拠を持って主張書面を最高裁に提出し、戦ってくれている福本修也弁護士には、感謝の言葉しかありません。

動画はこちら
https://youtu.be/BwO0oGgChcA