公正証書の念書を覆す損害賠償命令

家庭連合に対して献金した信者が、生前返金を求めないとする公正証書の念書を残していたにも関わらず、遺族による損害賠償請求に対して、最高裁が2024年7月11日に念書が無効であるとして、東京高裁に差し戻しを命じ、東京高裁は2025年12月18日に損害賠償を命じる判決を下しました。原告・被告の双方が上告しないため、6500万円の損害賠償命令が確定したとのことです。

毎日新聞の記事
https://mainichi.jp/articles/20260106/k00/00m/040/173000c

この裁判は、高齢の信者が献金するにあたり、自らの意思を確認するためにわざわざ公正証書を取り組んだものです。公正証書は、単なる文書ではなく、証拠性が極めて高い文書ですが、それを無効としたことは、公証役場の権威にも関わるものだと思います。

そして、この裁判では、信者の方が献金を捧げたいとする信仰心を否定するものであり、前提として信教の自由をないがしろにしていると言わざるを得ません。信者の女性は既に他界しており、反対の意見を述べる機会も失われています。非常に残念な判決であると言わざるを得ません。

法律的にも問題があり、最高裁の差し戻し審の際に、家庭連合は声明を出しています。
https://ffwpu.jp/news/5386.html

ここでは、最高裁は事実審を行うべきではないところ、地裁・高裁の献金した信者は自らの意思で献金しており被害の意識がなかったという事実認定をひっくり返したことの不当性、さらには家庭連合側が配慮すべき事項として、献金を受けた時期以降の事項が含まれていることの不当性を主張しています。

法律的な主張としては、家庭連合側が正しいと思います。しかし今回家庭連合が上告しなかったのは、差し戻し審での判決であるため、勝訴の見込みが低いことと、家庭連合は昨年9月に、このような返金の訴えについては、法律的な防御をしないという方針に切り替えたことが大きいのだと思います。

家庭連合の信者としては、信仰心をもって献金したものが、「被害」や「損害」などと認定されることに対して、大きな違和感があります。解散命令という、いわば人質司法が行われている中では、仕方がないことなのかもしれませんが、私は信仰に基づく献金の正当性は、失われてはならないと思います。

動画はこちら
https://youtu.be/XPrTRqgEe2k