私が被害者ポジションをとらない理由
私はXで実名で発言初めてから3年、Youtubeで顔も出して発言初めて1年半となります。
発言するのに、どういうポジションを取るのかというのは、結構大切かと思っていますが、私は家庭連合の現役信者であり、最近では政治家として発信しています。
ポジションということでは、家庭連合の信者はこの3年半、いろいろな社会的な制約を受けながら生活していて、私もその例外ではありませんが、「被害者ポジション」はとらないようにしていて、そういう発言もしていないはずです。
「被害者」と言うからには「加害者」がいるわけで、これを解消するためには、「加害者」が害を与えないようにするか、「加害者」を排除する必要があります。現在家庭連合を解散させようと奔走する活動家や、マスコミ、政治家、行政は、まさに「加害者」を排除しようとしているわけです。
これに対抗するために、「いやいや私たちも被害者です」と言ったところで、あまり抗弁にもなりません。まるで被害者競争のようになってしまい、議論がおかしな方向になってしまいます。
問題は、「加害者」が害を与えないようにするか、「加害者」を排除するか、という二択を申し上げましたが、家庭連合の例を取ってみれば、コンプライアンス宣言以降、過度な献金をしないようにするなど、「被害」に対しては、家庭連合は自主的に改善を進めています。それも劇的改善だと思います。信者である私自身が言うのですから、間違いないところと思います。しかし、反家庭連合の活動家により、マスコミ・政治家・行政が一体となって、もう一つの選択肢である「排除」に流れているのは、もはや「排除」ありきの行動であり、「被害者」は理由にしかなっていないと思います。
そうである以上、「被害者」であることを訴えたところで、この問題の解決にはならないと思います。家庭連合は、高額献金などの訴えに対しては誠意をもって対応している現状においては、この点について論じるのではなく、むしろ「なぜ改善している団体を排除するのか?」という目的論に論点を移す必要があると思います。そうです、家庭連合を排除することが目的なのであれば、その目的が不当であることを述べるべきだと思います。
世の中にはいろいろな企業による被害があります。ひと昔前であれば公害や、薬害、最近では企業によるパワハラ、セクハラなどです。しかし、これらの企業を、解散させようということはありません。私企業であり、経済目的を持っているからです。
では、家庭連合を解散させるというのはどういうことなのか?そこに集い、礼拝を捧げ、時間や献金を捧げるという一定の宗教活動自体を認めないということであり、それ以外にはありません。こういう「排除」を目的とした政治家・行政などの公権力、マスコミという準公権力こそ、私たちが戦うべき相手だと思っています。もはや「被害」を訴える弱者ではなく、日本の民主主義を守るという、正義に立った戦いを挑む戦士だと思っています。戦士であるからは、自らが犠牲になっても、仕方がありません。それが、私が微力ながら戦い続ける理由です。「被害者ポジション」ではなく「戦うポジション」を保ちたいと思っています。
実際はどうであるかと言えば、様々な制約はあります。私はよいとしても、周囲の方々は、私が家庭連合の信者であるということを知りながら、お付き合いするということは、いろいろと気遣うこともあります。なにしろ、選挙で顔写真付きのポスターを貼り巡らしましたから、少なくとも千葉県で小笠原裕が家庭連合の信者であることを知らない人は、いないのではないでしょうか。そういう方々には本当に申し訳ないと思いますし、「被害」と言えないこともありませんが、そういうことを具体的に言えばかえってその方々に迷惑がかかるし、是々非々でおつきあいしている、といったところです。
今後とも、理由のない「排除」、解散命令に対しては、「戦うポジション」をとり、戦っていく所存です。
動画はこちら
https://youtu.be/OkXn9G9pOts


