徳野英治氏と対談第2弾 コンプライアンス宣言の本音を語る!

家庭連合の元会長 徳野英治氏と、家庭連合の解散命令について、お話を伺いました。特にコンプライアンス宣言を行った時の会長であった徳野氏のお話は、現在抗告審を争っている中で、非常に大切であると思います。
尚、この収録は2025年12月30日に行われました。対談中、「今年」と言っているのは2025年、「来年」と言っているのは、2026年のことです。

【小笠原】
私は2025年7月に参議院議員選挙に立候補しましたが、最も強調したのは、家庭連合の解散命令は憲法違反である、という点でした。
東京地裁の解散命令の決定書のポイントは、家庭連合は2009年にコンプライアンス宣言を行ったのは事実であるが、それ以降も改善が進まず、以前と同じように高額献金などの問題が続いている、という点です。
つまり、もし2009年にコンプライアンス宣言をしていなければ、争点自体がなくなってしまい、家庭連合としては抗弁のしようがありませんでした。コンプライアンス宣言は、解散命令において、それほどに重要なターニングポイントであります。
そのコンプライアンス宣言を行ったのが、当時の会長であった徳野先生ですね。コンプライアンス宣言を行ったのみならず、引責辞任されました。非常に重要なご判断だったと思いますが、その時はどのような心境だったのでしょうか。

【徳野】
2009年当時、刑事事件はなかったものの、民事訴訟を何件も提起され、道義的な責任をとる必要があると考えました。そして、コンプライアンス宣言を行うべきだと自ら判断し、あのタイミングで行ったものです。

【小笠原】
コンプライス宣言は、2009年の3月25日、奇しくも2025年3月25日の東京地裁の解散命令決定と同じ日となります。
そういう点からも、解散命令決定とコンプライアンス宣言は、重要な関係があると思います。徳野先生としては、職もなくなるし、大変な決断だったのではないかとご推察します。

【徳野】
信仰の世界においては、「死なんとするものは生きる」という言葉があります。自分のことを考えて行動すれば、天運を失うと考えていました。私は自分の良心に恥じないよう、必要なことをしなければならないと考え、コンプライアンス宣言を行うとともに、辞任したことは、本心において納得して行ったものです。

【小笠原】
私は若いころから徳野先生のことを存じ上げていますが、私心がなく、真っすぐな方だと思っています。その純粋な思いを持っておられるから、周囲とのヒッチもあったかもしれませんが、それだからこそ、コンプライアンス宣言もできたのかと思います。
今回そのような思いをもって、2026年3月に金沢市長選に挑戦するということですが、最後に一言お願いします。

【徳野】
今まで多くのことを学び、恵みを得てきました。海外の経験もしたし、多くの訓練を受けてきました。人生も長くはないので、今まで与えられたものを、故郷の金沢に是非還元したいという想いです。

動画はこちら
https://youtu.be/zuCsXDogsoc