主とともに生きる 信者の覚悟

家庭連合の信者は、3月4日に解散命令の決定を受けて清算手続き中です。今まで積み上げてきた教会を失い、社会的な評価も地の底に落ち、信者は世間的な非難の目にさらされながら生きています。私たちは、これを苦しいと思っているかというと、必ずしもそうではないと思っています。

私たちが敬愛する韓鶴子総裁が、それ以上の苦しみを受けているからです。韓鶴子総裁は、昨年の9月23日早朝に韓国検察庁に勾留されて、半年以上の間、独房に閉じ込められています。生きたまま、地獄のような苦しみを受けています。83歳という高齢の女性を独房に押し込めてしまったら、どのようなことになるか想像がつきますが、現実問題として、今回3回目の病院への移送を受け、治療しなければならないということです。治療1か月とは、どう考えても重病になっていらっしゃると思います。

私たちは、韓鶴子総裁を、真の父母として敬愛していますが、キリスト教会で言えば、イエス様のことを主とよんでおられます。イエス様を神様と位置づけられているからです。そうすると、私たち家庭連合の信者はどう思っているかといえば、韓鶴子総裁を主とし、主と同じような苦しみの道を行くことができるということは、誇りであります。

十字架の道を行かれたイエス様の痛みを、クリスチャンの方々は歴史上数限りない方々が、拷問を受けて死んでいったわけです。このクリスチャンの、殉教者たちは、イエス様と同じような苦しみの道を生きるということを喜んで、そのような道を行ったわけです。

そのことを考えると、今、私たちが敬愛する韓鶴子総裁と同じ時期に生きて、同じような道を行くことができるということは、今の日本の信者でなければ、経験することができないわけです。

これを後世の歴史家が振り返ってみたときに、まさに主とともに生きた信者の群れ、それも1人や2人ではない、十人、百人でもない、千人でもない、何万人単位の信者が、同じような道を喜んで行ったということは、歴史に残る話ではないかと私たちは思っているわけです。今この同じ時期に、生きてこのような経験をすることを、誇りと思っているのです。

もちろん反対派の方々は、原理が間違っているからこんな事になるんだとか、そんなことを言うかもしれませんが、しかしそれは歴史が評価するものであって、私たちは目の前の苦難を喜んで乗り越えていくと、誇りを持って乗り越えていくと、そういう道を行きたいと思うわけです。

今日は嬉しいニュースも飛び込んできて、韓鶴子総裁をノーベル平和賞に推薦したというニュースがありました。ちろん推薦されたからといって、ノーベル賞を受けられるというわけではありませんが、しかし評価する人は評価するということだと思います。だからといって、韓鶴子総裁が釈放されるわけでもないし、日本の解散命令が解除されるというわけではないと思いますが、正しく評価する人が世の中にいるんだと、そういうだと思います。私たちにとっても非常に励みになりますし、力にもなります。

そういうことを思いながら、前を向いて、まっすぐに、法に従いながら、しかしおかしいところがおかしいということをきちんと主張して、そういうことを記録に残して行くと言うことが、私たちが今、最も大切なことなのではないかと思っている次第です。

動画はこちら
https://youtu.be/nSs3chK_4oc