踏みにじられた信教の自由

統一教会(当時)の信者に対する拉致監禁による強制改宗事件について、当時の広報部長であった太田朝久氏が、2008年に書いた本です。
日本の統一教会信者に対する拉致監禁による強制改宗が始まったのは1966年のことですから、この問題は約60年間も続いていることになります。

この本は、具体的な被害者、親を脅して拉致監禁させる反対牧師、それを支援する弁護士など、豊富な資料に基づいて説明しています。
特に、太田氏はクリスチャンから統一教会の信仰の道に入った方で、反対牧師が統一原理を否定するキリスト教的論点を、一つ一つ論破しています。

最終章では、キリスト教史から見た信教の自由の意義について語っていて、非常に読みごたえがあります。
初期のキリスト教は、ユダヤ教に対して寛容でした。しかしイスラム教の登場により、存続の危機を覚えたキリスト教会は、他宗教に対して不寛容となり、それはキリスト教会内においても異端排斥の動機ともなりました。こうしてユダヤ教に対する差別、魔女狩り裁判などの中世暗黒時代がもたらされました。
これに異を唱え、カトリック教の権威主義を否定したルターの宗教改革は、政治は国王が、宗教は教会が行うという二王国論でした。それに対して、ジャン・カルヴァンは、社会の全領域が神の意思に従うべきだと主張して、国家権力からの教会の独立を主張します。カルヴァンの思想を引き継いだのが、ピューリタンであり、彼らが移民して建てた国がアメリカ合衆国です。少数意見を尊重する思想は、英国で迫害されたピューリタンが、神の意志は少数にも働くという信念から来ており、その結実が米国の憲法修正第1条だというわけです。

信教の自由のために戦った歴史のない日本では、いとも簡単に家庭連合信者への拉致監禁や、国家による解散命令請求を許してしまいます。しかし、信教の自由は多くの犠牲の上に立てられた理念であり、とりわけ米国から見ると、日本は信教の自由が軽視された国だと見られています。
国家による宗教迫害は、直ちにやめるべきです。