スピークアップ
スピークアップとは、声を上げるということです。家庭連合の信者は、スピークアップするべきだと思っています。
家庭連合は、昨年来のマスコミによる一方的な報道や、政治家による関係断絶宣言、行政による解散命令請求など、かつてない攻撃を受けていて、信者は声を上げることもできずに委縮してしまっています。しかし、こういう時だからこそ、自らの信ずるところを述べ伝えるために、スピークアップするべきだと思うのです。
では、どういう声を上げるべきなのでしょうか。
「マスコミは被害者救済と言っているが、偏向報道による被害者は我々だ!」
「私たちは迫害されている、悪いのは全国弁連や某ジャーナリストだ!」
こういうことを、大声で言うのでしょうか。
私はこれらに対しては違和感があります。言っていることは正しいかもしれませんが、まるで言い訳のようだからです。
私たちを応援してくれる外部の方々は、正義心により立ったのであって、私心で行動しているのではありません。なぜなら、このような状況で家庭連合の側に立っても、何のメリットもないことは明白だからです。
そうであれば、私たちが、自分の教団を守るためとか、自分の保身のために声を上げても、その言葉が人の心を動かすことはできません。「私は被害者だ!」「あいつが加害者だ!」と言っている間は、私たちを攻撃する人々の目線と何ら変わりありません。だったら、当事者同士で解決しろ、ということになります。
私たちが声を上げるのは、今のままでは、日本の民主主義がおかしくなるからです。偏向報道、関係断絶、解散命令等は、深刻な人権侵害を引き起こします。しかしそれを言うためには、私たち自身も変わらなければなりません。
教会を離れた人々は、教会を非難しています。それは教会だけの問題でしょうか。私たち現役信者にも問題はないでしょうか。教会改革は、教会本部がやればいいことでしょうか?私たち自身も変わるべきところがあるのではないでしょうか。
自らの襟を正し、改めるべきは改め、自分ごととして捉えていくという立場に立って初めて、スピークアップすることができるのだと思います。