宗教文化は誰のものか

本書は、駒澤大学の講師・博士である永岡崇氏の論文で、戦前の二度にわたる大本教弾圧事件と、戦後世界平和を訴えて世界連邦の設立を訴えた大本教について、研究・考察した本です。

明治時代以降、様々な新興宗教が生まれましたが、その多くは迫害を受けた歴史を持っています。その最たるものは大本教で、1921年の第一次大本事件、1935年の第二次大本事件で、不敬罪や治安維持法等の理由で、教団の中心人物である出口王仁三郎は逮捕・監禁され、本部は破壊されるなど、国家による弾圧を受けました。

江戸時代末期に生まれた天理教の教祖中山みきも何度も拘留され、昭和初期に生まれた創価学会も教祖の牧口常三郎が逮捕・獄死するなど、宗教弾圧を受けた歴史を持っています。

表題の「宗教文化は誰のものか」は、本書第3章のタイトルであり、「大本70年史」の編纂事業の取材する中で、「民衆宗教」としての大本教を認識したことから、名付けたようです。大本教は、世界平和や原水禁運動などの、いわば左翼的な路線が打ち出され、編纂委員の中にもマルクス主義に連なる人物が多かった(P128)ようですが、大本教の教え自体は右でも左でもありません。崇高な理念を持った、立派な宗教です。戦前の弾圧事件の理由は、信者が爆発的に増えた結果、準教祖ともいえる出口王仁三郎に対して、国家が脅威を覚えたというのが、根本原因です。

私たちは、過去の事例から学ぶ必要があると思います。国家は、新興宗教が弱小でかつ活動内容が神事など抽象的なことに留まる限りは国家が干渉することはありませんが、宗教的理念に基づいて社会改革にまで働きかけようとすると、とたんに国家はその活動に干渉し、弾圧も行うということです。その典型的な事例が大本教に対する弾圧事件です。

現在家庭連合に対して行われていることも、過去事例から類察して宗教弾圧であると言えます。なぜなら、家庭連合もその宗教的な理念に基づき、地上に平和な社会を築くために、共産主義に反対し、家庭教育保護や憲法改正を訴えるなど、具体的な社会改革運動を行っているからです。