アンチコメントに再反論!

はじめに

ナンゾヤ改さんからコメントをいただき、それに対する反論を書かせていただきました。相当な時間をかけて作られた分析だと思いますので、お答えするのが礼儀かと考えた次第です。なお、この議論の土台となっているのは、2023年10月12日に当時の盛山文部科学大臣が家庭連合の解散命令を申し立てた際の記者会見の配布資料であり、これは解散を請求する側の資料であって、我々の意見が反映されたものではありません。その前提で再反論をいたしました。
https://www.ogasawara-church.jp/wp-content/uploads/2026/09/ee3d2fa5953824ae646d4bc949312a52.pdf

第1回 調査手続きと信者の声

ナンゾヤ改さんは、調査対象は被害実態なので、被害と関係のない一般信者の声を聞く意味はない、審議会の議事録非公開も率直な意見を守るためだと主張されます。

しかし本件は単なる処罰ではなく解散の問題です。最高裁は本年6月、解散命令が確定すれば礼拝施設などの財産も処分され、信者が続けてきた宗教上の行為の継続に支障が生じ得ることから、信教の自由の重要性に思いを致し、憲法が許容する規制かを慎重に吟味すべきだと述べています。にもかかわらず文部科学省は、当事者である信者に一切ヒアリングをしていません。それでどうして信教の自由への影響を判断できるのでしょうか。また、議事録が開示されなければ適切な宗教行政が行われたのかも分かりません。行政が委員に圧力をかけた疑いも報じられ、解散を歓迎する教団の委員も含まれていました。配慮があるから非公開にしたのではなく、配慮がないからこそ非公開のまま決めてしまったと考えます。

第2回 組織性・悪質性・継続性

岸田首相は、組織性・悪質性・継続性が明らかで要件に該当する場合には民法の不法行為も入り得ると答弁しました。32件の民事訴訟で旧統一協会の不法行為が認定されているのは事実ですが、いずれも2009年のコンプライアンス宣言以前のものばかりで、宣言後は民事訴訟はほぼなくなりました。継続性とは現在行われていることを指すのですから、10年以上事案がないのであれば継続性は認められません。そして配布資料には悪質性・組織性・継続性について何も書かれていません。要件をすり替え、平均30年前の事案のみで解散させようとしたことになり、ゴールポストを動かす極めて危険な対応だと考えます。

第3回 和解・示談と被害額

ナンゾヤ改さんは、訴訟と和解・示談を合わせて約1,550人、約204億円という被害規模を挙げられます。しかし和解や示談は訴訟ではなく、不法行為が認定されないまま双方が譲り合うものですから、これをもって不法行為があったとは言えません。家庭連合は本人の家庭事情や生活環境に配慮して返金したケースが多々あると説明しており、私もその通りだと思います。解散のために被害額を積み上げた、目的先行の議論だと考えます。

第4回 罪刑法定主義

ナンゾヤ改さんは、本件は民法の問題だから罪刑法定主義は適用外だとされますが、これは誤りです。憲法31条は刑法だけに適用されるとは定めておらず、刑罰を定める法律は道路交通法や労働基準法など無数にあります。宗教法人法の解散命令は、自然人であれば死刑に相当するものです。したがって罪刑法定主義が第81条に適用されないとすれば、憲法の根本に関わる重大な問題です。これは最高裁への特別抗告の論点の一つでしたが、棄却されました。

また、解散要件に民法の不法行為が含まれるかという論点と、宗教法人法に罪刑法定主義を適用すべきかという論点は別問題です。両者を混同したうえで「一貫性がない」と言われても、その指摘自体が成り立ちません。

第5回 公益性と解散

宗教法人が法人税法上の公益法人等に含まれるのはその通りで、だからこそ自ら公益性を証明する必要はなく免税となります。ただし公益事業以外の事業は課税対象です。家庭連合の事業が公益事業でないというなら、特定して課税すれば済む話であり、法人税法から解散を導き出すことは不可能です。免税優遇があるから解散させろという意見は誤りで、文部科学省も裁判所もそのようなことは言っていません。

第6回 コンプライアンス宣言と推認

ナンゾヤ改さんは、宣言後も献金収入が同水準だったから不法行為も同水準で推移したと裁判所が推認したと指摘されます。しかし和解・示談では不法行為の認定は行われませんので、解散理由にはなりません。認定がないまま推認で解散を決定した東京高裁の判断は誤りであり、法と証拠のみで判断すべき裁判所が推認で解散を命じることはあってはなりません。献金額が減っていないから不法行為だという論法では、喜んで献金した私の行為まで不法行為にされてしまいます。

教義は理想を語るものであり、それを現実生活の中で咀嚼するのが信仰生活です。板マンダラ事件の判例のとおり、裁判所は教義の真偽に立ち入って是非を判断すべきではなく、そこから不法性を認定することなど行うべきことではありません。

第7回 政治との関係

議員が関係を断つということになれば、信者は政治家に請願できなくなり、憲法16条違反です。陳述書に捏造があったことは2024年12月9日の東京地裁の証人尋問で明らかになり、だからこそ地裁はこれを証拠としませんでした。浜田聡参議院議員の国会質問に対しても、文部科学省は否定しませんでした。

元信者が訴えて悪いとは申していません。ただ、原告の半数が拉致監禁・強制改宗の被害者であるとなれば、主張に相当のバイアスがかかった疑いがあります。この点を明らかにせずに申し立てをすることは、一方の事象のみを取り上げる偏向であり、決定に拉致監禁のことがまったく言及されていないのは司法の大きな失策だったと思います。

おわりに

これ以上のやり取りは水掛け論になると思いますので、ここで区切ろうと考えております。ただ、丁寧にまとめて出してくださったナンゾヤ改さんには感謝しております。立場の異なる主張を交わすことで理解が深まる面もあると思いますので、この点はありがたいことだと感じております。

動画はこちら
https://youtu.be/Y8Pb1HdenfU