日本語の謙譲の精神
日本語というのは、本当に難しい言語だと思います。普通の平易な言葉もありますし、尊敬語という言葉もありますし、それから謙譲語というものもあります。相手に譲るということを美徳とする、そうした日本人の精神性があるからこそ、謙譲語というものが生まれてきたのだと思います。
例えば日常生活で言えば、エレベーターに乗った時に「お先にどうぞ」と言いますよね。これは海外では絶対にない光景だと思います。海外では、我先に乗って我先に出ていく、いわゆる「早い者勝ち」というのが普通です。ところが日本では、これを「譲る」という形にします。お先にどうぞ、というように振る舞うわけです。
もっとも、狭いエレベーターでそれをやると、結局全員が出るのが遅れてしまいますので、私の場合は自分からさっさと降りるようにしていますが、そうした譲り合いの気持ちが根底に残っていること自体が、日本の美しい伝統文化ではないかと思います。
それから、例えば震災など災害があった場合を考えてみますと、千葉県も非常に大変な状況になりました。自動車にしても、浸水した家屋にしても、私の地元の中学校も水没してしまい、大変な状況でした。今もなお、元に戻すには大変な状況が続いています。
しかし、そうした中でも、盗難が起きたり、人が困っているところに乗じて勝手なことをするというようなことは絶対になく、お互いにボランティアで助け合おうという気持ちがあります。これらすべてが、まさに日本人の精神性の現れであり、それが言葉の一つ一つ、つまり「譲る」という表現にもつながっているのではないかと思います。
こうした日本人の精神性というのは、日本が大きく発展してきた一つの原動力だと思います。もし日本が自分勝手な人間ばかりの集まりであったなら、お互いに協力するということはできなかったはずです。チームを組んだ時のチームプレイもそうですし、それが国の力となった時の国力もそうですが、ここまでのものは、おそらく実現できなかったのではないかと思います。
そういった意味でも、こうした触れ合いの精神、そして日本語の言葉に表れる美しいものを、これからも大切にしていかなければならないのではないかと思う次第です。
動画はこちら
https://youtu.be/_-CLTHQ2zkA


