なぜ日本家庭党なのか

今回、日本家庭党として国政を目指すというお話をさせていただいておりますが、なぜこれを行うのかということについて、私自身の宗教家としての思いも交えて、少しお話をしておきたいと思います。

単に、国政の場で家庭連合の立場を代弁してくださる方を探そうという考え方も、一つの在り方だとは思います。しかし私自身は、日本のために本当に生きるのだという思いで貢献してまいりましたので、それならば、何が日本の国にとって大切なのかという原点に返って取り組むべきではないかと思っているのです。

そのように考えてみますと、昨年、選挙を実際にやってみて思ったことがございます。昨年は、家庭連合に対する解散命令はおかしいということを主軸にお話ししておりました。しかし、今の日本社会が抱えるさまざまな問題を見ますと、家庭というものがどこかへ行ってしまい、個人の救済ばかりが語られるようになっています。その結果、支援の対象も子どもへの支援といった形に留まってしまっているように思うのです。

たとえば、家庭でお子さんを育てておられる専業主婦の方々に対して、「仕事をしなさい」と言われることも多いのではないでしょうか。家で子どもを育てているだけでは、まるで仕事をしていないかのように見られてしまう。そうした風潮は、やはり良くないと思うのです。

家庭で子どもを育て、その子どもに幸せな体験をさせてあげる。そうした経験をして大きくなった子どもは、成長したときにも同じように子育てをしたいと願うようになります。そういう国民を、本当に増やしていかなければならないと思うのです。ところが今の社会は、それに逆行しているのではないでしょうか。

出産はライフイベントであるとされ、出産の時期については社会で応援するけれども、基本的には女性が社会に出て仕事ができることこそが価値の物差しである、というようになってしまっています。そのような社会ではいけないと思うのです。女性には女性なりの幸せがあり、女性なりの強みがあり、そして女性でなければできないことがございます。そうしたものを本当にリスペクトする社会をつくるためには、家庭というものの価値、それがどれほど尊いものであるかを、社会に訴えていかなければならないと思うのです。

そのように考えますと、こうしたことは、家庭を大事にしようと言い続けてきた家庭連合の信者である私たちにしか言えないことではないか、と強く思うのです。政治的な思惑からではなく、本来の理念、すなわち宗教的な価値観から来るところの政治的理念をきちんと持っていくこと。それが最もぶれない方針になると思っているわけです。

そうした意味で、なかなか一人で立ち上げたところから始まっておりますが、多くの協力者の方々が賛同してくださるようになってまいりました。ですから、その趣旨と初心を貫いてまいりたいと思っている次第でございます。

動画はこちら
https://youtu.be/URmM-PKadB0