人道主義ではなく神道主義

人道主義というものがあります。これは、被害者の救済や、社会的弱者と言われる方々に寄り添っていく、という考え方だと思います。人間の目から見て、立場が弱い人がいるのであれば、そうした人たちに寄り添っていくべきだ、というような考え方です。それはそれで、素晴らしい考え方だと思います。

しかし、人道主義というものは、それだけで完全に公平に物事に対処できるのかというと、なかなか難しいところがあります。なぜかと申しますと、人によって考え方や価値観が異なるためです。そうなりますと、救済するつもりであったことが、逆の結果を招いてしまうということも起こり得ます。被害者と言われる方を救済しようとした時に、今度は別の形で被害を訴える人たちが出てくることがあります。私も被害者だ、あなたも被害者だ、というように、あちこちで被害者を名乗る状況になってしまいますと、一体何が正しい方向なのか分からなくなってしまいます。それは、人間それぞれの利害や思想、価値観が違うからにほかなりません。

そこで私が思いますに、これは私自身が考えついた言葉でもあるのですが、いわゆる神道主義という考え方があると思います。これは、お寺や神社、日本古来の神道といった意味で申し上げているのではなく、「神の道」という意味で使っております。神様が人間をすべて大切にする存在であるならば、神様のことを大切にしていくことが、結果的にはすべての人間が幸せになっていく道につながるのではないか、と思うわけです。

多くの行き違いというものは、人間同士の考え方の違いによるものです。であるならば、むしろそれを超えた大いなるもの——それはキリスト教の神でなくても構いませんし、家庭連合の神でなくても構わないのですが——そうした大いなるものを大切にすることによって、結果的に人間は良い方向に進んでいくのではないか、と考えている次第であります。

最後に申し上げておきたいのは、人道主義がすべて100パーセント正しいのだとして、自らの正義感を押し付けるような形になってしまうと、かえって逆の結果を招きかねない、ということであります。

動画はこちら
https://youtu.be/lsCLNwnB5co