二世の叫び 私たちは国を恨んでいません
今年3月、東京高裁において解散命令の決定が出され、現在は清算手続きに入っています。信者の皆様は協会に入ることもできず、非常に不自由な生活を強いられています。そうした中、二世の方々が「NABI」という演説会を組織し、日々街頭演説を行っています。その中で、私の心に残った言葉がありますので、共有したいと思います。
https://youtu.be/_ouBzXs0j5M?si=EuFhty88TGMDuHtS&t=838
「私たちは決して国を恨んではいません。裁判官も恨んではいません。社会の皆様も恨んではいません。本当にこの社会を良くしてきましたし、皆様が大切にしているものを守ることができる未来にしていきたいから、私たちは勇気を持って声を上げることにしました。」
これは長い演説の一部だと思いますが、非常に心に残る内容です。というのも、家庭連合の解散に至った背景には、多くの被害者の方々の、家庭連合に対する恨みがあり、その恨みを晴らそうとして解散を求める動きがあったからです。よくテレビに出演していた二世の方も、「私たちのことを思うのであれば、この団体を解散させてください」といった言い方をされていました。
ところが、今、運動を作っているこの二世の方々は、恨んではいないと言うのです。恨みではなく、それを前向きな力として消化しようとしているのだと思います。
そもそも、恨みの感情、恨みの思いというものは、別の方々を傷つけたり、その人の権利を奪ってしまったりすることにつながります。恨みはやはり恨みしか生まず、恨みが再生産されてしまうものです。ところが、このネイビーの方々は、恨みを動機とするのではなく、それを前向きに消化しようとしています。より良い国に、より良い社会にしようとしているのです。
私たち家庭連合の信者からすると、「お天道様が見ている」、宗教的な言い方をすれば「神様が見ている」ということになります。であれば、すべてを神様に委ねて、私たちが今できることをしていこう、それがより良い社会、より良い日本になっていくことにつながるのだと思います。
恨みは絶対に良い結果をもたらしません。恨みではなく、前向きな気持ちで進んでいく。それこそが、実は信仰者が持っている一番の強みではないかと思います。
もちろん、怒りというものはあります。怒りは一つの大きなエネルギーになるものであって、私自身も、旧文部科学省がやってきたことに対して、あるいは裁判所の一方的な裁判に対して、怒りを持っています。恨みではなく、それは不正に対する怒りです。不正に対する怒りは、きちんと発露していかなければ、結局それを曖昧にし、ないがしろにすることになってしまいます。ただし、それは恨みからくる怒りではなく、あるべきもののために生きるという意味での怒りです。そうした怒りは、あってしかるべきものだと思います。
私は、恨みの感情を押し殺すのではなく、国のため、あるいは社会のために、今の状況を許してはいけないという思いの中で、前向きに進んでいきたいと、このように思っている次第です。
動画はこちら
https://youtu.be/e_eqeDp8dAw


