核兵器は悪魔の兵器だが、核抑止力は必要

8月6日は、広島に原子爆弾が投下された日であり、人類史上初めて核兵器が使用された日でもあります。

核兵器については、さまざまな議論があると思いますが、核兵器がまだ存在していなかった時点に立ち返って考えるならば、そもそも決して作るべきではない兵器であったということは確かであろうと思います。
私の両親は広島出身であり、母方の祖父は被爆者でした。祖父はたしか白血病か何かで亡くなりましたが、そのような被爆の影響を身近に経験してまいりました。

ですから、この核兵器というものは本来あってはならない存在であるということは、確かにその通りだと考えております。
マンハッタン計画の責任者であったオッペンハイマーは、核兵器を開発し、実際に爆発実験を行ったときに、「自分はとんでもないことをしてしまったかもしれない」と思ったと言われています。当時は、科学の力は万能であり、科学さえ発達すればできないことはないと考えられていました。まるで神をも恐れぬような傲慢な思いを持って、科学者たちが暴走した結果、このような兵器が生まれてしまったわけです。

核兵器そのものは、強烈な火力もさることながら、他の兵器には見られない特有の有害な作用を持っています。それは何かと言えば、放射能を巻き散らかすという点です。核爆発が起こると直後から放射能が拡散し始めることが、きわめて大きな問題であります。

しかしながら、現在これだけ核兵器が開発・配備されている状況の中で、私たちの安全保障をどのように考えるべきかという観点からすると、核の抑止力は必要であると私は考えています。
もともと作るべきではなかった兵器ではありますが、人類がすでにそれを手にしてしまった以上、核兵器を「使わせない」ようにするためには、均衡を保ちつつ抑止するしか方法がない、そのような状態になっているのではないかと思うのです。

今年の8月6日、原爆の日に合わせるかのように、北朝鮮は弾道ミサイルを発射しました。これはまさに日本に対する威嚇、挑発であり、「自分たちは核兵器を持っているのだ。お前たちには何もできないだろう」とでも言わんばかりの行為であるとすれば、とんでもないことです。
日本が今から独自に核武装するために核実験を行う、といったことは、現実の政治状況からして不可能です。国民のコンセンサスを得ることもできませんし、近隣諸国との関係を考えても、そのような選択は取り得ません。

しかし、日本はアメリカと安全保障条約を結び、同盟関係にありますから、その枠組みの中での核抑止力は維持されなければならないと考えます。
悪いのは核兵器そのものというよりも、それを使う人間です。核兵器そのものは善でも悪でもない「物」にすぎません。であるならば、人間の技術、人間の営みの中で、核兵器をいかに扱うかを真剣に考えていかなければならないということになります。

単に「核兵器反対」「戦争反対」と唱えるだけでは、攻め込まれたときにどうしようもありません。攻撃されないようにするためにはどうするのか、その現実的な問いに向き合う必要があります。
その意味で、核の抑止力は必要なものであり、この点をきちんと明らかにしておきたいと考えております。

動画はこちら
https://youtu.be/v1-9TPb2cHA