「約束のあと」 小川榮太郎著
先日、小川榮太郎先生が書いた「約束のあと」という本の出版記念会があり、そこに参加する機会を得まして、小川榮太郎先生とも初めてご挨拶ができました。そこで本を頂きまして、揮毫まで書いてるということで、そういう本です。
これを全部読んだんですけども、小川先生が、いかに安倍元首相を愛して敬愛していたか、安倍元首相が第二次政権を取り返すその時に、奔走されたという、そういう関係なんですね。
この本の前書きに、こんなことが書いてあります。
「私は今から14年前の民主党政権時代、一度総理の職を辞して雌伏していた安倍氏の知遇を得て、安倍氏の総理大臣再登板運動に人生を賭けた。「戦後レジーム」の申し子とも言うべき民主党政権が齎した惨状を見るに絶えず、安倍さんに心中立てしてでも、状況を打開しようと思ったからである。その仕上げに書き下ろしたのが、「約束の日」である。」
その「約束の日」が、まさに安倍元首相の第二次政権において、いろんな改革をされたわけですけども、そのきっかけとなった本です。
この本の、「約束のあと」というのは、その後編のような形で書かれました。ただし、書かれた一番最初の出だしが、こういうところから始まるんですね。
「7月8日 すべてはあの日の慟哭から始まった」
要するに、安倍元首相が暗殺されたその時からのことを、書いています。四年間分が、この一冊に濃縮されてるみたいな本になってるんですね。私もよく存じ上げなかったんですけれども、もともと小川栄太郎先生は、文芸評論家であり、クラシック音楽の評論とか、そういう活動をされていて、政治にはほとんどタッチはされてなかったというんです。
しかし、日本の文学を愛し、日本の文化を愛し、そういった中から、安倍元首相の第一次政権は一年で終わってしまいましたので、これをもう1回、第二次政権をするために、走り回ったという、立場でありました。そして、第二次政権が立って、いろんな改革をされていく中で、安倍元首相との信頼関係が厚く、活動されてきたということです。
読んでみますと、ページの端々に、そういった言葉がまあ出てくるんですね。
それで、小川榮太郎先生は、保守を自認してその旗頭を担っていらっしゃいますが、この中に保守に対しての文章があります。99ページですが、
「保守とは戻ろうとする精神。
我々はまず原点に戻ろうではないか。
保守とは何よりも、戻ろうとする精神の営みだからである。
先へ先へと急ぐ時代に呑み込まれるのではなく、一歩立ち止まること。
この立ち止まる心の働き、粘り、熟慮…それこそが保守の真髄だ。
我々はまず、保守という概念そのものの確認に戻らなければならない。
保守主義者とは何者であるか。
日本の来歴と良き慣習、古来の価値観を愛する者である。
日本を愛し、日本をより健全化し、より美しくし、日本人の人品と日本国の品格を高め、大国としての矜持を互いに涵養してゆく。個々の政策課題についての主張よりも、そうした「心得」こそが保守主義者の原点だと私は思う。
保守派よ、人の道に戻ろう。
人としての行動準則に戻ろう。
政策政論、大いに結構。
しかし、政策に全体の正解はない。
その点において謙虚になろう。
意見の相違、政策の相違、人間的な好悪を超えて、長期的な愛国心の共同体を育んでゆこう。」
こういうことをおっしゃっているわけですね。これがおそらく、小川榮太郎先生の思想の原点にあるのかなと、私は思いました。
何を活動するにおいても、思想活動、文化活動、私どもは宗教家でありますから宗教活動、そして今度は政治の場に行こうと思っておりますけれども、そこにおいても、一番大事なのは理念のところかなと思いますね。日本の国に育まれてここまで育ってきたし、もっと言うと、私たちの祖先たちが築いてきたいろいろなものを受け継いで、今私たちはここにいると、いうことであれば、そういったものを大切にしながら、いろんなことをやっていくべきだと思った次第であります。
動画はこちら
https://youtu.be/QI6wFetJfUQ


