日本の司法が死んだ日 家庭連合解散命令特別抗告棄却

6月22日、家庭連合の解散命令決定に対する特別抗告が棄却されました。
非常に残念です。

私たちはこれまで、このまま家庭連合を国家が潰してしまえば、日本は信教の自由が認められない三級国家になってしまうので、必死になって解散命令の不当性を訴えてきました。なぜなら、私たちは国を愛する者たちだからです。日本の国を共産主義の浸食から防ぐために、そして日本が家庭を大切にする国になるように、全てを捧げてきました。その中には、行き過ぎた行動もあったかもしれません。しかしそれとても、純粋に日本を愛すると言う動機から来ていることは、間違いありません。

しかし、その日本から、私たちは抹消されてしまいました。民主主義を守る最後の砦とも言うべき最高裁が、その判断をしたのです。ここが崩れてしまった以上、もはや日本の国に、信教の自由を守るという理想は、破壊されつくしてしまうでしょう。まさに、司法が死んだ日と言わざるを得ません。2026年6月22日は、日本の歴史に消えがたい汚点を残した日として、歴史に刻み付けられることでしょう。

では、具体的に最高裁の棄却の決定文のどこがおかしいのか、見てみたいと思います。
全文をここに公開します。(公人以外の名前は墨消ししました)
https://www.ogasawara-church.jp/wp-content/uploads/2026/06/fdacc49486d67ab4d132d4688d62a5ff.pdf

第1 抗告代理人福本修也ほかの抗告理由第4について
【抗告理由第4】
これは「解散命令は、厳格な審査基準(LRA等)に違反」というものです。憲法上の重要なきまりとして、国家が精神の自由を抑圧する処分を行う場合は、「必要かつ他に制限的な手段がない」(LRA基準)が適用されます。
しかし、解散が必要であるという「明らか差し迫った危険の発生」が具体的に予見されず、代替的な手段がないという具体的な根拠がありません。
一方で、解散命令により反社会的団体との公のレッテルを貼られて、信者はこれまで以上の厳しい社会的差別・疎外や迫害を受けているにも関わらず、解散により得られる法益と失われる利益との比較衡量もなされていません。

【最高裁決定文】
これに対して、棄却決定文は、下記のように言っています。
「信者らは、上記勧誘行為を行う可能性が高いというのであるから、抗告人の上記のような行為に対処するには、抗告人を解散し、その法人格を失わせることが必要かつ適切であり、法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律に基づく措置を含め、他に実効性のある手段があるということはできない。」(必要性)
「解散命令は、宗教法人の法人格を失わせる効力を有するにとどまり、信者の宗教上の行為を禁止したり制限したりする法的効果を一切伴わない」
「本件解散命令によって宗教団体である世界平和統一家庭連合やその信者らが行う宗教上の行為に何らかの支障を生ずることが避けられないとしても、その支障は、解散命令に伴う間接的で事実上のものであるにとどまる」(比較衡量)
法人格は、これがなければ、礼拝のための施設を買うことも、教会長を雇用することもできません。いわば、信仰生活と一体のものであり、これを失えば、信者は心身ともに苦痛を強いられます。とてもではありませんが、間接的で事実上のものではありません。直接的で、国家の責任そのものです。

第2 抗告代理人福本修也ほかの抗告理由第5について
【抗告理由第5】
非訟事件手続きは公開裁判原則に違反している、というものです。 解散命令は、国が宗教法人に対して解散という不利益処分を命じることが許容されるか否かという「法律関係の存否」に関する国と宗教法人との間の争訟です。解散を命じるのは「国」であって、それが行政庁であるか裁判所であるかは関係ありません。従って、裁判所が権限を持って解散させるのであれば、それが「法律関係の存否」に係るものである以上、憲法82条の公開裁判を受ける権利を侵害しています。

【最高裁決定文】
これに対して棄却決定文は、下記のように言っています。
「法81条1項に基づく宗教法人の解散命令は、宗教法人について同項各号に該当する事由がある場合に、公益の確保の観点から、裁判所が所轄庁等の請求により又は職権で当該宗教法人を強制的に解散するものであり、当事者の主張する実体的権利義務の存否を確定することを目的とするものではない」
これは、明らかに恣意的な決めつけです。家庭連合は、解散命令の要件があまりにも不当であり、現役信者の利益を無視したものであるから、存続の権利があると主張していて、これは解散請求した文部科学省と、明らかに対立しています。それにもかかわらず、「実体的権利義務の存否を確定することを目的とするものではない」とはどういうことでしょうか。もともと、家庭連合の信者には生きる権利なんかないんだから、文句いうな、とでも言わんばかりのいいぐさです。到底許されるものではありません。

しかし、もっとも恐ろしいのは、最後です。

第3 その余の抗告理由について
これは、抗告理由書第1、第2、第3のことです。
内容は下記の通りです。
【抗告理由第1】
 解散命令の要件に不法行為を含めるのは憲法31条(罪刑法定主義)違反
もともと解散事由には民法の不法行為は含まれなかったところ、岸田元首相が不法行為を含むと解釈変更し、そのまま司法も明確な理由もなく、それを踏襲しました。その結果、公序良俗や権利濫用などの不文の秩序違反なども解散要件となってしまい、罪刑法定主義に反しています。

【抗告理由第2】
宗教法人格のはく奪は憲法20条(信教の自由)、憲法21条(結社の自由)の侵害
東京高裁決定は、平成8年最高裁決定(オウム真理教解散命令)の下記の見解を踏襲しています。
「解散命令によって宗教法人が解散しても、信者は、法人格を有しない宗教団体を存続させられる。宗教上の行為を行い、施設や物品を新たに購入できるから、信者の宗教上の行為を禁止したり制限していない」
しかし、宗教法人解散命令は、宗教結社の自由(憲法20条、21条)に対し、直接的で究極の制約を課すものである、と主張しました。実際、家庭連合の信者は解散後、教会を失って、自由に集まることも、祈祷室でお祈りすることもできなくなりました。

【抗告理由第3】
解散命令は国際法規違反(憲法98条第2項)
東京高裁決定は、国連高等弁務官の警告(2025年10月1日)に対して、① 解散命令は法人格がなくなるだけで、信教の自由侵害の法的効果はない、② 解散命令の規定は、不明確でも過度に緩やかでもない、③ 解散命令規定は、国際自由権規約18条3項の「公共の安全、公の秩序、公衆の健康若しくは道徳または他社の基本的な権利を侵害する行為」に該当する、④ 家庭連合信者の不相当献金等勧誘行為等の違法性は、一般人にも十分予測可能と主張しています。しかし、これらは全て東京高裁の独善的な見解であり、国際法規の趣旨に反しています。

【最高裁決定文】
論旨は、違憲をいうが、その実質は単なる法令違反を主張するものであって、特別抗告の事由に該当しない。

抗告文は、全て憲法上の問題を指摘し、きちんとした根拠をもって論じているのに、「単なる法令違反」の一言で片づけてしまうとは、最高裁ともあろうものが、なんということでしょうか。単なる法令違反だというのであれば、どうして憲法上の問題ではないと言えるのか、説明するべきではないでしょうか。これは最高裁判所の説明責任放棄だと思います。議論から逃げてしまったと、言わざるを得ません。

結局、東京地裁も、東京高裁も、そして最高裁までも、結論ありきの裁判で、公正な審理はされませんでした。解散によって家庭連合の信者が失う法益、拉致監禁による強制棄教とその被害者による踏み絵裁判、文部科学省による陳述書捏造、全てが決定文に一切出てこないまま、一連の裁判が終了してしまいました。

これは、司法がその機能を停止し、国民の信頼を喪失してしまったことと、同義だと思います。私が、2026年6月22日を、日本の司法が死んだ日と言うのは、そういう理由です。私たちの戦いは、これで終わりません。どんなことがあっても生き延びて、信教の自由が尊重される日本が築かれるまで、訴え続けます。

動画はこちら
https://youtu.be/jew0sI81sKE