家庭連合を解散させたのは空気 ならば空気を変えるのみ
家庭連合が解散となった経緯を辿ってみると、一つ大事なことに気づかされます。それは、安倍元首相の暗殺事件が起きた2022年7月8日の後、一週間もしない間に、テロリズムに対する批判が、家庭連合へのバッシングに置き換えられてしまった、ということです。家庭連合は反社会的団体だというネガティブキャンペーンが展開されて、それを擁護する人が攻撃されるという、恐ろしい状況が展開されました。
これを行ったのは、マスコミです。そしてマスコミは、鈴木エイト氏や、紀藤正樹氏などを起用して、偏向報道を行いました。家庭連合に有利な報道、特に家庭連合の信者への拉致監禁問題などの報道も一切せず、ひたすら批判報道を繰り広げ、太田光氏のように、家庭連合の意見も聞いてみようよと言うと、「おまえは家庭連合を擁護するのか」といって、一緒に叩かれました。
なぜマスコミがこのようにしたかというと、それによって視聴率を上げることができたからです。先日の加藤文宏さんと小川榮太郎さんの対談でも、ミヤネ屋が通常の倍の7%の視聴率を獲得したと言っていました。
そして、その動きに乗っかったのが政治家でした。岸田元首相が自民党として家庭連合との関係断絶宣言を行ったのが2022年8月31日のことでした。安倍元首相暗殺事件から、二か月もたっておらず、家庭連合に対して何が問題なのか全く調べてもいないのに、一部の国民を政治から排除したのは、当時岸田政権の支持率が落ちていたのを、少しでも回復させたかったからです。家庭連合の信者といえども国民の一人なのに、その声を国会で議論することすら拒否するとは、職務放棄ですが、これも政治家の票を生命視した結果のことでした。
そして今度は、それに動かされて行政も家庭連合潰しに邁進するようになります。2022年10月19日の、岸田元首相による宗教法人解散の要件変更、刑事事件がなくても解散できるとした国会答弁を受けて、それまで信教の自由が壁となってできなかった宗教法人の解散命令を、何がなんでも成し遂げようという方向に走り始めます。それは、宗教法人の免税制度がマネーロンダリングの温床になっているという分析が彼らの中にあって、宗教法人を整理したいという強い願望がもともと文部科学省の中にあって、家庭連合を解散させられたら、他の宗教法人も一網打尽で解散させられるという計算があったからです。戦後70年、ほとんど宗教法人を解散できなかったのが、家庭連合を解散させた後は、片っ端から整理して行くことができると、こういう非常に強い行政としての願望がありました。
そして最後に、司法がそれに乗っかってきたわけです。宗教法人法81条第1項の解散命令の規定は、「裁判所は、宗教法人について左の各号の一に該当する事由があると認めたときは、所轄庁、利害関係人若しくは検察官の請求により又は職権で、その解散を命ずることができる。」と書いてあって、主語が裁判所です。文部科学省は解散命令を請求はできるが、解散命令の主体ではない、あくまで解散させるのは裁判所だ、というわけです。裁判所としては、万能の権力を振ることができると、世に示したかったのでしょう。しかし、権力を振るう者が、裁判権まで持ってしまえば、それは戦前の行政裁判所と同じことになり、それがどれほど危険かは、歴史が示しています。実際、東京高裁は、家庭連合を解散させる必要性は、不相当献金等行為を行うことを防止するためだと、勝手に基準を作って勝手に罰しています。めちゃくちゃな裁判となってしまいました。
これらの一連のことを考えると、マスコミも、政治家も、行政も、司法も、「家庭連合=反社会的団体だから何をしてもいい」という流れに乗っかっているだけだ、ということがわかります。家庭連合が反社会的団体でなければ、全てのことが崩れてしまいます。この根拠なき大前提、こういうのを、空気と言います。
山本七平が、「空気の研究」という本を書きました。その中で、空気とは日本社会の中で物事を決定するにあたって、理屈を超えた意思決定力で、それが組織全体の意思を決定してしまうものだと言いました。だから、一旦空気ができてしまうと、正論を言おうが何を言おうが、みんなそれに流されてしまうというわけです。そして山本氏いわく、この空気に主体はないということです。一旦空気ができたとしても、空気には実体がないので、誰がどのように決めたのか分からないような形になって、しかも力を行使していくという形になっている、これが空気なわけです。よく、空気を読めないといことで、悪口を言われることもありますが、家庭連合の一連の解散劇は、みんながよってたかって空気を読みまくって、それが家庭連合の信者にどれほど深刻な被害を生じさせるか、想像もせずに、解散という結論にむかって突っ走った結果であると思います。
それでは、この空気を変えることは、どうするかと考えてると、一つ気が付くことは、空気というのは、一瞬で変わります。これは4年前にすでに実証されていて、安倍元首相暗殺事件以前は、信教の自由は尊重しなければならない、とみんな言っていたのに、事件後は信教の自由を口実に権利を振りかざすのは怪しからん、という風潮に変わりました。申し上げた通り、1週間も経たずに、そうなったのです。
だから、空気は一瞬で変わるのです。まるで、鳥の群れが空を飛ぶときに、ある一羽がぱっと方向転換すると、ほかの鳥も一斉に方向転換するのと同じです。方向転換したのは、誰なのかよくわからなくとも、それが集団の意思として一斉に向きを変えるわけです。結局、敵から身を守るために鳥が本能的に行っていることでしょうが、日本もそれに近いものがあると思います。
空気が一瞬で変わるのだったら、変えていけばよいと思います。そのためには、変わらない志操、変わらない夢を持って、訴え続けること。そこを軸にして、空気を換えていくことができると、私は思います。
待っていても空気は変わりません。私たち自身が、このような空気に流されてしまえば、どうにもなりません。しかし流されなければ、やがてそれが軸となるはずです。そのための意思と行動、それが今私たちに求められているのではないでしょうか。空気が変わるのを待つのではなく、空気を変えるのです。
本日、信教の自由と人権を守る千葉県民の会で、信教の自由を守る千葉県シンポジウムが開催されます。中川牧師や、マイノリティ宗教理解増進の会会長の加藤誠也さんも登壇して話をされます。家庭連合は解散されましたが、私たちは変わらず、行動を続けていきます。空気を変えるために、一緒に戦いましょう。
動画はこちら
https://youtu.be/am-4kB81i-U


