生き残ることこそ最大の見せ場

家庭連合の解散命令決定が高裁から出て清算手続きが始まってから、特別抗告を争ってはいるものの、判事の中にアンチ統一教会の東大教授がいるなど、大変な状況ですが、私たちは今までの主張を変えずに信教の自由を尊重する社会にしなければいけないということを訴え続けています。

それでは、私たちの信者がどれだけ影響を受けているかということについて、これは田中富廣元会長がおっしゃっていたかと思いますが、安倍元首相暗殺事件以降、信者の数が全く減っていないと、これが文部科学省にとってみれば、あるいは裁判所にとってみれば、最大の驚きだったんじゃないかと思います。

実際、解散される前に、私の地元の教会の礼拝で集まってくる信者の数は全然減らないし、解散された後も、全体で集まる場所は中々ないものの、例えば公民館とか、野外礼拝とかで集まってくる信者の数を見ると、減っていないわけですね。

だからこの群れを潰そうとして、いろんな法的な措置や、ありとあらゆることをやって、マスコミもいろんなことをしてきても、全然この団体は潰れないんですね。

今後どういう形でやっていくか、宗教法人がないと言うのであれば、仕方がないので、別の形の法人を作るのか、あるいは任意団体で行くのか、任意団体というのは、要するに登記簿に登記されていない団体です。それは結構たくさんあります。例えば、自治会とか、趣味のサークルとか、いろいろな形態があるわけですが、そんな形で、自由な形でやるのか、ちょっと私もわかりませんが、いずれにしても、私たちは信仰を続ける群れとして、集まりとして、続けていくということは変わりません。

数が減らない、全然辞めていく人がいないというのは、ある意味、今まで裁判所や文部科学省が言ってきたことを、否定することになるわけです。なぜかというと、信者は教会によってマインドコントロールされて、抜けるに抜け出せなくなっているので、そういう人たちを救うために解散するというのが、一番の大義名分だったわけです。それが、東京高裁の決定文にも書いてあるわけです。今後こんなことが起きないようにするためだとか言ってるんですけども、どんなふうに叩かれようとも、法人がなくなろうとも、全然びくともしないというのは、教会がなくなっちゃって、そういう意味では大変ですが、私たちの信仰の力や、集うコミュニティというのは、全然ヒビも入ってないということで言うと、これは本当に解散の大義名分が崩れたとも言えますし、ある意味すごい団体だと、そこまで純粋に信じることができるのかと、この不信の時代に、この日本において、あるいは世界において、ここまで高めることができるものは、おそらくないんじゃないかと思います。

教会がなくなって、外的には問題がありますが、しかし内的に置いては、全く失うものはなかったと、むしろ強くなってるということは、私たちはこれが最大の武器なんじゃないかなと、見せ場なんじゃないかと、こういうふうにまあ思うわけです。

解散命令が出て、三ヶ月になろうとしているわけですけども、これを3ヶ月だけじゃなくて、一年、十年、百年までも続けていくならば、私たちの理想、私たちの志は、必ず残ると、歴史に残ると、そういう時に、私たちはいるということを、強く思っている次第です。

動画はこちら
https://youtu.be/s3CVDleYXxk