組織を動かすのは何か

人間が何かしようという時に、ひとりひとりがバラバラに動いていたのでは、何かを動かすことができないので、組織を作ることになります。例えば、会社もそうですし、いろいろな団体とかもそうです。もっと大きくなると、行政とかですが、組織というのは、一つの方向性に動き出すと、それを変えることができないというところがあるかと思います。

例えば、家庭連合のバッシングを見ていると、組織が一旦一つの方向に動き出すと、軌道を修正することは、難しいと思うところがあります。

例えば、報道機関の記者の方と話をする機会もありますが、お一人お一人は、誠実ですし、私たちの話も聞いて下さって、なるほどそうですか、ということになるわけですが、それが報道されるかということになると、報道局の方針があって、それと違うものは放送されないということがあります。こういうケースを何回も見ていて、個人の記者の考えることと、組織全体の方針が違うことがあります。文科省の職人さんと会ったことはありませんが、他の国家公務員と会いすると、職務に対して非常に忠実です。だから行政の方針に従って一目散に走ると、こういうことがあるわけです。一人一人が、「いやこれ違うんじゃないか」っていう風に思っていたとしても、やはり全体の方向を変えることはできないと、こういうこともあるように思います。

では、組織の方針というのは、どうやって決まるのかということですが、日本はトップダウンということもありますが、会議や組織体においては、空気というか、実態があるようで無いような、そういう空気に一旦支配されてしまうと、なかなかそういうものを変えてしまうことは難しいのではないかと、思います。

例えば、家庭連合の解散命令なんかにしても、誰が解散させたいのか、わからないです。もちろん、全国弁連の方々が解散させるべきだと主張していますが、それでは弁護士の方一人一人に会った時に、どうなんでしょうか。私から、そういうことをお聞きしてみたいなと、本当に解散させないといけないと思いますか、ここまで無理して解散させないといけないと思いますかと、聞いてみたいですね。

裁判所なんかにしてもそうですね。裁判所全体が、家庭連合を解散させるいう方向に、組織方針ができちゃったときに、個人の職務上の倫理とか、職務上の良心に照らして、違うことができてしまうのか、そのあたりに疑問があります。

一人ひとりが、自主性を持って判断できる、そして判断が尊重される、そういう社会になっていかないと、世の中は発展していかないと、私は思いますが、なかなかそうはならない。特に、非常に古い組織体、例えば官僚とか、裁判所なんかもそうだと思いますし、大きな企業ですね。私も結構大手の企業にいましたので、なんとなくあのわかるんですが、ただ民間企業だと、変えていかないといけないというのは、あるわけです。古い体質だと、世の中が変わっていく中で、昔ながらの考え方をそのまま踏襲していると、必ずそれは風化して滅びてしまうというのが、厳しい競争社会の中にある民間企業であります。

行政とか、裁判所というのは、そういうものがないのか分かりません。あるいは、権益に守られた報道機関なんかも、そうかもわかりません。いったんできてしまったものは、なかなか崩すことはできないということがあるかなと思います。

だから私は、本当に家庭連合の解散が、こんな理不尽なことを、大手を振るって、恥ずかしげもなく進めていこうとしてるのかと思います。まあ一部で、解散したいとおっしゃっている方々もいるのは事実ですけれども、組織体の全てがそんなことを考えているわけではなくて、一人一人はご自身の考え方によれば、いやこれちょっとおかしいと思ってるんじゃないかなという気もします。

そう考えると、私は個人がどうのこうのというよりも、やはり組織体、これが空気のようなものがあって、これを本当に取り払って行かないと、人々の目の鱗が、目の前の曇り取れないのではないかというよう気もします。

一度、個人個人の良心に立ち返って、行政の方もそうだし、裁判所の方もそうだし、報道機関の方もそうだし、政治家の方々もそうですね、そういったものを見て、ご覧になったらどうでしょうか。

やはり大切なのは、人間性ということだと思います。私も個人で、1対1で話をした時に、そんなにおかしな人は、今まであまりあったことはないです。やはり組織ということと、個人ということは、違うという事を認識した方がよいかもしれません。

動画はこちら
https://youtu.be/9T4jpwmlozM