勝利する秘訣は勝つまでやめないこと
家庭連合は、東京高裁の決定で解散ということになり、清算の手続きが始まっています。それではこれで勝負あったのかのかと、家庭連合はもう生きていけないのかと言うと、そうではありません。勝負というのは、勝つ秘訣があります。それは、勝つまでやめないことです。
私の前職の関係で、当時かなり前ですが、麻雀がはやっていました。それですごく強い人がいて、その人になんで強いんですかと聞いたことがあるんですけれども、その方の答えは、勝つまでやめない、負けても勝つまでは絶対にやめないということです。麻雀というのは、不文律があって、誰かが続けると言った場合にはそのまま続けないといけないというのがあって、結局その方は勝までやめないから、周りの人があきらめてしまうと、こういうことでした。私は、そういうのは苦手なので、手は出しませんでしたけども、これは一面の真理を表していて、勝つまではやめないという決意を持った者が、最後は勝つんだということだと思います。
私は、宗教者ですから、神様のことを考えるわけですけれども、神様がこの人類を創造されたと、そして人類が残念ながら罪を負うことになってしまったと、そして神は人類を救うことを諦めるのかと言ったら、諦めないわけです。私たちの教義は、そうなっています。神様は全人類を救うまで諦めない、最後の一人を救うまで絶対諦めない、それは神様が人類を創造された責任だからです。神様が親だと我々は言ってますけども、では神が親であるならば、親はすべての子どもを救うまで、やっぱあきらめないわけです。それが親と言うものだというわけです。
今、こういう状況に置かれた立場において、神が諦めるかどうかっていうと、神様は絶対諦めない。同じように、私たちも諦めないから、私たちの中に義がある限りは、絶対諦めることができません。
将棋で言うと、投了というのがあります。もうこれ以上勝てませんというものです。プロの勝負では、最後の詰みになるまでやるのではなくて、これ以上はもう勝つ手がないということで、投了するわけです。しかし、私たちの戦いにおいては、投了というのがありません。なぜかというと、将棋の場合は相手の王将を追い詰めると、それが勝負になるわけですが、私たちは一人一人が生きているわけですね。だから本部が無くなろうと、何が起きようと、私たち一人一人が生きてる間は、家庭連合はそこにあるんですね。そして私たちは一人ひとりが家庭教会と名乗って、ひとりひとりが家庭連合のいわば本部のようなものでありますから、私たち全員が死に絶えなければ、家庭連合は続くわけです。
そういうことを考えたら、私たちは絶対に諦めない、勝つまで諦めないということです。最後は私が勝つと思っています。
宗教の歴史を見てみても、やはりそうです。使徒行伝を読んでみても、パウロという義人が出てきて、世界宣教を始めたんですけども、至る所で投獄されてるわけです。ムチを40に一つ足りない回数を打たれたとか、そんなことも書いてあります。最後はローマでも投獄されて、使徒行伝には書いてありませんが、最後パウロは処刑されました。
そういう歴史を辿りながら、それでもキリスト教徒ひとりひとりが生きているうちに、結局その力は世界を飲み込む形までまあ広がりました。
だから、国家的な迫害を受けるということは、私たちにとってみると、それはマイナス要因ではなくて、かえってプラス要因として働くわけです。我々が本物だから、こういうことになるのだろうと、私たちが本物でなければ、ここまで政府が襲い掛かるようにして締め付けてくることは、たぶんないと思います。これがどうでもいいような宗教であれば、置いといてもなくなっちゃうわけですからいいやとなりますが、そうでないから政府が本気になってきたのだろうと思います。
考えてみるとおかしいわけです。東京高裁の決定は3月4日に出されました。だから3月4日になって清算人が選任されて、それから全てが始まるはずです。けれども3月4日の11時に決定書が出された、その直後に、清算人が松濤本部にやってきてきました。ということは、決定がすでに裁判所以外のところでも知られていて、清算人チームが組まれていたわけです。すべてはそのような形で準備されていました。これはどう考えてみても、数か月前から、もしかすると昨年11月の、東京高裁に最終主張書面を提出したころ、決定のですね3カ月前から、すでに決まっていたということではないでしょうか。そうでなければ、清算人団を構築することができるわけがありません。これはもう国家ぐるみでそういうええことをやっていたということで、知らなかったのは家庭連合だけだったと、こういうようなことなんじゃないかなと思います。非常に残念なことであります。
それなら私たちは、最後の一人になったとしても、戦い抜こうということです。もちろん私たちの戦いというのは、共産主義者たちとは違います。共産ゲリラのような、クーデターを起こすようなものではありません。私たちは、愛国者を以て自らを任じておりますので、そういうことはしません。そうでないと、暴力革命主義みたいなことになっていまえば、本当に社会にとっての害悪になってしまいます。そうではありません。
私たちは、きちんと法律に則って、社会規範に則って、私たちの主張をします。3月4日に、清算人が襲いかかるようにして各教会を訪問したわけですけども、私の地元の教会含めて、教会の職員たちは、全員その指示に従い、何一つトラブルはなかったということです。これは、堀正一会長がオンライン礼拝で言ってましたけども、一つもトラブルもなかった、ある意味模範的であったと、清算人から感謝の言葉が堀正一会長にあったんだそうです。当然のことですね。私たちは悪法であったとしてもその悪法には従う。ただしその悪法を変えていくための戦いはしていかなければならないわけです。そういったことを、私たちはまあ続けていくということですね。
非常に可能性は限られていますが、現在最高裁への特別抗告をしています。そこでの審理が行われるというふうになります。憲法問題でありますから、憲法20条信教の自由とか、憲法31条罪刑法定主義など、あるいは32条の公開裁判を受ける権利などがあるでしょう。
私はその中身までは存じ上げておりません。
戦いは今行われているところです。清算が始まったとしても、私たちがこの地上にいる限り、戦いは続くと言うことであります。
動画はこちら
https://youtu.be/MNuTzQvCRtI


