ジャン・カルヴァンの生涯(上) 西洋文化はいかにして作られたか

アリスター・E・マクグラス氏の著書で、芳賀力氏が翻訳した、「ジャン・カルヴァンの生涯(上) 西洋文化はいかにして作られたか」を読みました。カルヴァンについて、少し勉強してみたいと思い、アマゾンで検索して見つけたので、読んでみた次第です。

なぜカルヴァンに興味を持ったかというと、先日このブログで書いた通り、現在民主主義や資本主義が世界中の社会の根本になっており、その背景に西洋キリスト教精神があって、基本的人権の尊重、つまり個人の力を尊重し集約させて、大きな力を発揮しているからです。民主主義は、少数意見の尊重と多数決のルールによって意思決定する仕組みですが、それは西洋で開発されました。その西洋文化の根本にあるのがキリスト教だとすれば、キリスト教を理解することが、民主主義を理解するうえで必須だと思います。

イエス・キリスト以前の国家観は、プラトンの国家論に象徴されるように、国家が個人の上位にあります。運営も民衆ではなく哲人によるわけです。古代社会は全部そうなっていて、イエス・キリストが来られた時もユダヤ民族はユダヤの王として迎えようとしましたが、イエス・キリストが語る言葉は期待していたものとはずれていたために、イエス様を十字架につけてしまったわけです。そのイエス様が語った言葉は何かと言えば。一人ひとりの罪と救済、つまり神の恩寵とイエス・キリストによる贖罪です。神の働きを国家ではなく、個人に着目したわけで、個人救済がポイントです。そのために、キリスト教は国家を越えて、世界中に拡大することとなりました。

この個人の基本的人権の尊重という思想は、西洋においてだんだん醸成されていって、資本主義や民主主義という形で現在結実しているわけですが、その転換点は、中世の文芸復興と宗教改革でした。宗教改革がなぜおきたかと言えば、神は個人を救済するはずなのに、その間に国家や法皇という権力が入り込み、教会を経由しなければ救われない、とされていたからです。その象徴がローマ法王が販売していた免罪符で、救済が形骸化していたことを、マルチン・ルターが批判しました。しかしルターも封建勢力に取り込まれてしまし、既存の権力と神様の救いの二元論みたいな形で中途半端になってしまいました。それを批判したのがジャン・カルヴァンで、かなり厳しい福音原理主義とも言うべき姿勢を通しました。カルヴァンを信奉する者たちは、プロテスタント教会から激しく攻撃され、イギリスに逃げていきます。そこでピューリタンとして活動しますが、そこでも迫害されて、ついにアメリカ大陸を目指すわけです。これがピルグリム・ファーザーズであり、アメリカで神を中心とした国家を作るという理想を掲げて建国されたのが、アメリカである、という流れです。そうすると、民主主義や資本主義の元となったプロテスタントの理論を整理したカルヴァンは、現在の社会に対して大きな影響を与えたことになります。

前置きが長くなりましたが、本書の上巻では、カルヴァンがスイスのジュネーブに拠点をおいて、様々な著作活動を行ったことが書いてあります。中でも有名なのが、聖書の註解書である「キリスト教綱要」の発行です。後々のプロテスタントの聖書解釈の基本になった本だということです。大作であり、私ごときに読めるような本ではないと思いますが、プロテスタントにおけるキリスト教の聖書解釈の基本になっているようです。

下巻には、カルヴァンの思想がどのように西洋文化に影響を与えたかが検証されているようです。読了したら、こちらで報告したいと思います。

動画はこちら
https://youtu.be/WSElm_JDKTQ