拉致監禁による強制棄教に緊急避難は成立しない
最近、Xのポストで、拉致監禁による強制改宗に緊急避難が成立するというような言説が流れていました。これについては法律的な問題でもありますので、少し解説をしておきたいと思います。
緊急避難は、刑法第37条に規定されています。
刑法37条第1項
自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
緊急避難の例としてあげられるのが、次のケースです。
船が沈没して、浮き輪が一個しかありません。それを2人の人間が掴んでいました。ところがこの浮き輪は一人分の浮力しかなく、このまま2人で掴んでいると、沈んでしまいます。そこで、一人が相手の手をはずした結果、相手は溺れて死んでしまいました。これは刑法で言えば殺人罪に相当しますが、そうしなければ自分が死んでしまうという現在の危難があり、他に方法がなく、失われた法益である相手の命と守られた自分の命は、同じ人命と言うことで同程度ですから、緊急避難が成立します。
緊急避難は、正当防衛と同じく、刑法の違法性を阻却する要因となります。刑法の三要素というのがあり、それは構成要件該当性、違法性、有責性です。
先ほどの例で言えば、相手を死なせてしまったのは、殺人罪の構成要件を満たします。また、自分の意思でやったので、有責性があります。しかし、そうしなければ自分が死んでしまったであろうということで、違法性が阻却されうるのです。刑法の三要素のうち、違法性が阻却されたので、犯罪が成立しません。
同じく違法性が阻却されるケースとして、正当防衛があります。相手が殺意をもって殴りかかってきたので、防衛するために相手を殴り返したら、相手が死んでしまった、というようなケースです。この場合も殺人罪か傷害致死罪の構成要件該当性があり、自分の意思でやったので有責性もありますが、自分の身を守るためなので、違法性が阻却されうるのです。
さて、緊急避難が成立する時は違法性が阻却されますが、そのための要件は正当防衛よりも厳しくなります。なぜならば、正当防衛は「不正」対「正」の関係ですが、緊急避難は「正」対「正」の関係だからです。正当防衛の先ほどの件では、殴りかかってくる相手は「不正」で、守る自分は「正」です。それに対して、緊急避難のケースでは、浮き輪につかまる相手も自分も、どちらが悪いということはなく、両方とも「正」です。
「正」対「正」の関係である緊急避難が成立するための要件は、先ほどの刑法だい37条1項に列挙された通り、3つあります。
①現在の危難を避けるため
一つ目は、今まさに危機が存在しているという切迫した状況が必要です。過去危難があったとか、これから危難が予想される、ということでは足りません。先ほどの浮き輪の例で言えば、今まさに溺れそうになっているのですから、現在の危機が存在していると言えます。
②やむを得ずにした行為
二つ目は、他に方法がなく、やむを得ずにしたと言うことが必要です。これを補充の原則と言います。先ほどの浮き輪の例では、相手を切り捨てる他に方法がないと言えます。
③これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り
緊急避難の結果失われる法益が、守る法益より大きくなってはいけません。相手が被る被害の程度が、自分よりも大きいのであれば、もはや緊急避難とは言えません。浮き輪の例では、相手が失うのは命、私が守ったのも命ということで、同程度となっています。
それでは、これを拉致監禁による強制棄教の例に当てはめてみます。
①現在の危難が存在するか
現在の危難は存在しません。拉致監禁の被害者は、家庭連合の信仰を持っているだけで、何の危難も存在していません。百歩譲って、拉致監禁者が言うように、「反社会的団体に所属していれば、信者が将来霊感商法をするようになる」としても、これは緊急避難の要件になりません。それは現在の危難ではなく、将来のことだからです。
②他に手段がないか
これも当てはまりません。先ほどと同じように、信者が反社会的な活動をしないようにということが危難であれば、拉致監禁などせずに、信者にコンプライアンスを遵守するように指導すればよいだけの話です。
③失われる法益と守る法益のバランス
拉致監禁により失われる法益は、親子関係の破壊、信仰の自由のみならず、PTSD(心的ストレス障害)や自殺による生命など、計り知れません。明らかに失われる法益と守る法益のバランスを欠いています。
家庭連合の信者に対する拉致監禁にようる強制棄教について、緊急避難は成立しません。これが成立するという方は、法律的な知識がないか、あえて拉致監禁を正当化しようとする脱会屋のプロパガンダに乗っかっているだけのことです。
繰り返し申し上げますが、拉致監禁による強制棄教は犯罪行為です。決して許されるべきではありません。