国家的宗教弾圧
第二次岸田政権再改造内閣で、岸田首相は、旧統一教会に対して解散命令請求する方針であることを事実上宣言しました。
これは、国家による宗教弾圧です。
岸田首相は、記者会見の冒頭の説明の最後に、わざわざ項目を設けて、解散命令請求について語りました。下記全文です。
「最後に旧統一教会について一言申し上げます。9月7日旧統一教会に対する過料の通知を行ないましたが、これまで7回にわたる報告徴収の実施と共に、全国弁護団・元信者の方々など数多くの方々からの証拠収集も着実に進んでいます。この問題にしっかりとした結論を出すべく、最後の最終の努力を進めて参ります。宗教法人審議会の意見も伺いながら、法に基づき、最終的に判断をして参ります。政府・与党が力を合わせ、先送りできない課題に正面から取り組んで参ります。国民の皆様のご理解とご協力を心からお願いを申し上げます。」
国家が「法律に基づいて」、宗教弾圧を行うということは、許されるのでしょうか。法律は人間が作るものであって、完全ではありません。信教の自由を守るための仕組みが法律に欠けていたら、行政裁量でそれを補うのが、良識ある政治の在り方です。
しかし、岸田首相は、「法律に基づいて」「過料の通知を行い」「質問権で報告徴収し」「全国弁護団・元信者から証拠を集め」「最後の最終の(解散命令請求の)努力を行う」と言っているわけです。解散命令請求を行うという目的がまず先にあり、それを合法化するための法律的な材料を、全力で集めていると言っているわけです。
これが、国家による宗教迫害でなくて、何でしょうか。解散命令請求をするかどうか、公正に判断するのであれば、解散命令請求を行った時に、信者がどのような心身の被害を被るか、検証するべきです。一方的に質問権を行使するのみならず、信者の意見を聞くとか、家庭連合に対立していない団体の意見を聞くなど、多角的に情報を集めなければなりません。しかし私の知る限り、政府がそのような努力をした形跡は全くありません。
今から100年前の1921年、国家による大本教に対する大弾圧が行われました。教祖は逮捕され、教会施設は破壊されましたが、その時の罪状は「不敬罪」で、弾圧は当時の法律に基づいた適法なものでした。しかし、これは信教の自由を侵害していないと言えるでしょうか。
法律を盾に、国家権力をフル動員して家庭連合に対して不利な材料ばかりを集め、解散命令請求をする前例を作れば、政府が狙った宗教団体は、合法的に解散させられるということになります。これは、家庭連合だけの問題ではありません。多くの宗教法人が同様の危機に晒されることになります。
再度申し上げますが、これは極めて深刻な宗教弾圧です。私たちは、このような不公正な公権力の行使に屈することはできません。
